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大阪高等裁判所 昭和32年(ラ)24号 決定

抗告人 国

訴訟代理人 吉永多賀誠

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告理由は、抗告代理人作成の抗告理由書ならびに抗告理由追加申立と題する書面記載のとおりである。

右抗告理由第一点について。

(一)  抵当権設定の合意はその意思表示によつて抵当権なる物権を創設し、その物権の効力として当然登記請求権が発生することは所論のとおりであるけれども、右の権利を抵当権設定者以外の第三者に対抗するためには抵当権の登記を経由することを必要とすることは民法第一七七条の明定するところであつて、この理は本件のように抵当権の設定が和解調書によつてなされた場合においても異るところがない。されば、右和解調書によつて抵当権を取得しその後にその仮登記をしただけで未だ本登記を経由していない抗告人の被承継人食糧配給公団は、右抵当権の目的物たる不動産を右抵当権の設定前に買受け右抵当権設定後抵当権の仮登記前に所有権移転請求権保全の仮登記をし次いでその本登記を経由した相手方井上清次郎に対し、右抵当権を以て対抗することができない筋合であつて、この場合相手方井上清次郎を以て民事訴訟法第二〇一条にいわゆる承継人に該当するものということはできない。けだし同条が既判力の承継を認めた理由は当事者間の一定の民事紛争を国家が当該当事者関与のうえ一定の手続のもとに審理裁判し法定の手続を尽した以上原則として同一の当事者間においてふたたび同一の紛争を許さないとともに、その実体関係を承継したものの間において紛争は同一であるからふたたび之を争うことを許さない趣旨に出ずるものであり、右は法秩序の安定を求める民事訴訟の目的に照し当然である。したがつて紛争後の新たなる実体関係に対してはその既判力なきこともまた明白であり、判決の場合においてはその既判力の基準時点は事実審の最終口頭弁論の時であり、本件は裁判上の和解であるから右和解成立の時たる昭和二六年六月五日当時の法律状態即ち、食糧配給公団と、株式会社木下商店及び亡木下春吉間に於て、右公団のため木下春吉所有の第一物件目録記載の不動産につき本件申立抵当権を設定し、右権利の存することが確定せられたにとどまるのであつて大阪法務局よりの通知ならびに送付の登記簿謄本によれば、右抵当権は未登記のままなるところ、その後井上清次郎が、昭和二六年三月二〇日の売買予約を原因として同年七月一〇日移転請求権保全の仮登記手続をなしついで昭和二七年二月一八日に昭和二六年三月二五日の売買を原因として所有権移転の本登記ありたること明かとなつたのであり、本件競売申立の登記は昭和二七年一月七日になされ、競売開始決定の右会社及木下春吉に対する送達は、同月十八日であるから右の場合、井上清次郎は、右物件の取得により抵当権者たる食糧配給公団に対し登記の欠缺を主張しうべき正当なる利益を有する第三者にあたり、登記を信頼して取引をなしたるものとして、公団の抵当権設定を否認しうべき実体法上の地位を取得したものである。そしてかかる民法第一七七条による、対抗の関係は、右抵当権が未登記であるにかかわらず所有権取得を原因として前記和解成立後の所有権移転の登記のなれた事実による新なる効果であつて、当事者間に於ける抵当権設定にかかわらず第三者保護のために事実抵当権の設定があつてもとくにこれを主張しえざるものとしたのであり抵当権を主張するためには民法第一七七条の規定上とくに、登記を具備することを要することとなるのである。民事訴訟法第二〇一条は、権利関係確定以後の新なる実体法上の効力関係に及ぶものではなく、このことは既判力の本質からいつて当然である。そして抵当権の真実の存在と対抗関係とは別であるから本件の場合においては承継さるべき抵当権の存在が井上清次郎に対抗しえない結果真実抵当権が存在していてもこれが承継を井上清次郎に主張することができないこととなるのである。

(二)  また、所論は競売裁判所が井上清次郎を承継人として競売期日を指定したと主張するけれども、同人を単に所有者として手続を続行したにすぎないことは記録上明白であり、右清次郎が原判示第一物件目録記載の不動産の所有権を以てなにびとにも対抗し得るものであり申立人は右井上清次郎に対し本件抵当権を対抗できないことが登記官吏の通知によつて判明し、右は競売開始決定以前たる昭和二六年七月一〇日の仮登記の順位をもつて所有権取得を対抗しうることとなるのであるから競売開始を妨ぐべき事由にあたるというべく、右のような手続続行上の障碍が消滅したとの証明が補正命令期間内になされない以上、裁判所は職権を以て手続を取消すべきものであることは任意競売について準用すべき民事訴訟法第六五三条の規定するところであるから、右の取消は必ずしも所論のように補正命令期間満了の日にすることを要するものでもなく右決定が職権でなしうるものである以上必ずしも右井上清次郎からその旨の申立あることを要するものでもなく、また口頭弁論を経ることを要するいわれもない。

同抗告理由第二点及び抗告理由追加申立書記載の抗告理由について。

(一)  原決定が第二物件目録記載の不動産に対する競売手続を中止したのは、所論のように非訟事件手続法第一九条によつたものではなく、民事訴訟法第二二一条を準用したものと解せられる。そもそも、競売法による競売に関しては性質の許す限り民事訴訟法の規定を準用すべきものであつて、民事訴訟法第二二一条を本件において準用したのは相当である。そうして同法条による中止の決定は裁判所がその具体的裁量により当事者に不定期間の故障に因り訴訟手続を続行することができない事情ありと認めるかぎり職権を以てなし得るものであつて、必ずしも申立あることを必要とするものではない。

(二)  所論は競売法においては債務者の知ることを要する執行行為に該当するものがなく同法第二七条第二項による競売期日の通知は民事訴訟法第五四二条の準用によつてその必要がないというけれども、競売法に因る不動産の競売に付ては強制競売の場合と異り特に競売法第二七条第二項に競売の期日は利害関係人に之を通知するを要する旨規定しておつて民事訴訟法第五四二条の如きはもとより右通知に準用さるべきものではない(昭和七年(ク)第八八八号同年七月二二日大審院決定参照)。

しかして、民事訴訟法第五五二条第二項及び第五六条等の規定が競売法による競売についても準用さるべきことは右(一)において説明したとおりであり、もつとも民事訴訟法第五七条によれば法定代理権の消滅は相手方に之を通知しなければその効がないと規定しており本件においては株式会社木下商店代表者としての木下春吉の死亡は同会社から申立人もしくは食糧配給公団に通知せられたとは本件記録により之を認められないけれども、同条は死亡による法定代理権消滅の場合には適用ないものと解すべきであるから会社代表権の場合も同様である。しかしまた、競売法による競売においては当事者が死亡しても手続は中断しないこと所論のとおりであるけれども、中断しないからこそ手続上当然要すべき決定の送達通知受領等相手方のため訴訟上の権利を行使すべきものを定めしめるため特別代理人選任あるまで手続を中止するを相当とする。

これを要するに、原決定は結局相当であつて、本件抗告はその理由がないから、民事訴訟法第四一四条第三八四条第八九条第九五条を適用して主文のように決定する。

(裁判長判事 沢栄三 判事 井関照夫 判事 坂口公夫)

抗告理由

第一点一、抗告人国の被承継人食糧配給公団は、申立人食糧配給公団、相手方株式会社木下商店、同木下春吉間の大阪簡易裁判所昭和二十六年(イ)第四一九号損害賠償請求事件につき、昭和二十六年六月五日同庁に於て和解調書を作成し、食糧配給公団は右相手方会社から金三百六十四万八千六百五円及びこれに対する本和解成立の日から完済に至るまで日歩五銭の割合による遅延損害金の支払を受けることを約し、右相手方会社の債務の履行を担保するため、相手方木下春吉からその所有に属する別紙第一、第二物件目録記載の不動産につき抵当権の設定を受けた。

二 次で抗告人の被承継人食糧配給公団は前記和解調書に基き大阪地方裁判所昭和二十六年八月三十一日附仮処分命令を得、昭和二十六年九月五日受附を以て抵当物件につき所轄登記所に於て抵当権設定の仮登記を経由した

三 更らに抗告人の被承継人食糧配給公団は、昭和二十六年九月大阪地方裁判所に対し、別紙第一、第二物件目録記載の物件につき抵当権実行による競売を申立て、同裁判所は、同庁同年(ケ)第一二六号事件として之を受理し、同年十二月二十二日競売手続開始決定を為し、所轄登記所に於て昭和二十七年一月七日受附を以て右抵当物件につき、競売申立の登記がなされた。

四 然るに相手方井上清次郎は別紙第一物件目録記載の物件につき所轄登記所に於て、昭和二十六年七月十日受附を以て、所有権移転請求権保全の仮登記を為し、次で昭和二十七年二月十八日所有権移転の本登記を経由した。

五 大阪地方裁判所は抗告人の被承継人に対し、昭和二十七年二月二十六日附補正命令を以て、前記四項の事実により、競売手続は続行出来ない状態となつたが、手続続行上の障碍が消滅して居るならば、その事由を証明した書面を昭和二十七年三月十日迄に提出することを命じ、右期日迄にその証明書を提出しないときは同物件に対する競売手続は取消される旨の通知をした。

六 抗告人の被承継人食糧配給公団は大阪地方裁判所に対し昭和二十七年三月七日附を以て、本件抵当権の設定は昭和二十六年六月五日附の裁判上の和解調書に基くもの、井上清次郎の前記仮登記及本登記は、右和解調書成立の日の後のものであつて、右井上清次郎は和解調書による抵当権設定者木下春吉の地位を承継したもので、民事訴訟法第二百一条第一項の承継人に該当するから、同人を承継人として競売手続を続行すべきものと上申した。

七 右上申の結果、大阪地方裁判所は右井上清次郎を所有者とし、左記の不動産競売期日を定め、その旨の通知書を抗告人の被承継人に送達した。

一、申請人 食糧配給公団

一、債務者 株式会社木下商店

一、所有者 井上清次郎 外一名

一、競売期日 場所 当庁競売場北

日時 昭和三十年二月二十二日午前十時

一、通知書日附 昭和三十年一月十九日

余事ながら右期日通知書の発送せられたのは、補正命令による補正書提出期日昭和二十七年三月十日より起算し実に二ケ年十ケ月を経過した後である。

八 大阪地方裁判所は右競売期日に競売手続をなさず、従つて競売調書の作成なく、新に競売期日を指定することもなく、荏苒歳月を経過し昭和三十二年二月七日に至り原決定をなしたもので、之亦余事ながら、第一回競売期日より二ケ年余を経過している。

九 原決定の理由とするところは次の通りである。

債権者の有する抵当権が即決和解調書において木下春吉と公団との間に約定されたからといつても、その約定は単に抵当権設定の合意(登記手続をすることの合意はない)であるに止まり、それ以上に出るものではない。かかる合意は当事者間においてすら実体的確定力(既判力)を生ずることもなければ何等かの執行力を伴うものでもない。殊にかかる合意による公団の抵当権取得について、登記がなくとも、所有者と取引関係に立つ第三者に対抗し得るという法理は更々存しないのであつて、かかる合意の前後に拘らず物件の所有権を特定承継する第三者に対して抵当権取得を主張するには、まづ公団においてその抵当権取得につき木下春吉との関係で本登記又は仮登記ないし処分禁止の仮処分の方法によつて権利擁護の方法を講じておかなければならない。かかる取引関係に立つ第三者と抵当権者との関係は、恰も二重譲渡の場合のようにあくまで民法第百七十七条の問題として論ぜらるべき事柄であつて、民事訴訟法第二百一条第一項の既判力の及ぶ人の範囲という訴訟法的次元の問題ではない。又かかる第三者は抵当権者の登記欠缺を主張するにつき正当の利益を有するものであるから、不動産登記法第五条にいわゆる「他人の為め登記を申請する義務ある者」にも該当しないのである。(中略)公団の右抵当権を基本として木下春吉所有当時の第一物件に対し開始せられた本件競売手続は同抵当権に対抗力のないため結局はじめから第三取得者井上清次郎の所有物件に対しなされたことに帰着するから、取消を免れない。

十 原決定には左の違法がある。

(一) 原決定は和解調書による抵当権設定は、単なる抵当権設定の合意(登記手続をすることの合意はない)であると、述べているが抵当権の設定は意思表示により抵当権設定という物権的効力を生じ、抵当権設定登記の合意がなくても、抵当権が設定せられれば、その抵当権なる物権そのものの効力により登記請求権が当然に発生するので、かの賃貸借権の場合のように登記の合意は必要としない。

(二) 原決定は和解調書による抵当権設定の合意は当事者間に於ても実体的確定力(既判力)を生ずることなく執行力を伴はないというが、之は原審独自の見解で大審院判例とは相異るものがある。本件の場合は和解調書による抵当権設定契約が実体的確定力、既判力、執行力を伴うかどうかは争点となつていないから、茲では之にふれない。民事訴訟法第二百三条により和解調書は確定判決と同一の効力を有し、同法第二百一条により和解調書は当事者及その承継人又はその者のため請求の目的物を所持する者に対して其の効力を有するのであるから、和解調書によつて抵当権設定をした物件の所有権を、その抵当物件の所有者から譲受けた者は、前者が和解調書によつて設定した抵当権を承継するのである。(大審院昭和五年(ク)第三七八号同年四月二十四日判決大審院民事判例集第九巻四一五頁)

(三) 原決定は、かかる合意(和解調書)による公団の抵当権取得について登記がなくて、所有者と取引関係に立つ第三者に対抗し得るという法理は更々ないというが、抗告人は抗告人の抵当権が第三者たる井上清次郎に対し対抗要件を具備するという主張をするものでは更々ない。井上清次郎は承継人であるというのである。抗告人の主張に対する原決定の非難は該らない。

(四) 原決定は抗告人に於て登記、仮処分等の権利擁護の方法を講じていないことを指摘し、抗告人と井上清次郎との関係は恰も二重譲渡の場合のように、民法第百七十七条の問題であつて、民事訴訟法第二百一条第一項の問題ではないというが、本件の場合に右民訴の条文は何故にその適用を見ないか、その説示を欠いている。原決定には理由の不備がある。

(五) 原決定は、かかる第三者(和解調書により抵当権の設定をした者から、その所有にかかる抵当物件を譲受けた者)は抵当権者の登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する者に該当し、不動産登記法第五条にいわゆる他人のため登記を申請する義務がある者にも該当しないというが、民事訴訟法第二百一条第一項は特定承継であると、包括承継であるとによつて区別をしないから、和解調書によつて設定せられた抵当権の目的物件の所有権が相続によつて承継せられた場合も、譲渡によつて承継せられた場合も、抵当権設定者の登記義務は斉しく承継せられるから、相手方井上清次郎は抗告人の抵当権設定登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有するものでなく、抵当権設定登記については登記義務者である。

(六) 原決定は抗告人の抵当権は対抗力がないため結局第三取得者井上清次郎の所有物件に対しなされたことに帰着するから、競売手続の取消は免れないと結論したが、抵当権は登記がなくても実行が出来る。第三者対抗要件の有無は問題でない。問題は昭和二十六年六月五日裁判上の和解により設定せられた抵当権の目的物につき、昭和二十六年七月十日所有権移転請求権保全の仮登記をなし、次で昭和二十七年二月二十八日本登記を経由した場合、それは民事訴訟法第六百五十三条にいわゆる「予め知るに於ては手続の開始を妨ぐ可き事実」に該当するか否かにある。原審は問題の所在を誤認している。

以上の如く原審の決定は全然その理由がないから原決定の取消を求める。

十一 原審の決定はその手続に違法がある。

原決定の事実が民事訴訟法第六百五十三条に該当するならば同条により補正命令の期間満了後たる昭和二十七年三月十一日に職権を以て競売手続を取消すべきものである。

然るに原審は事茲に出でず井上清次郎の承継を認め、前記第七項記載の通り同人を所有者として競売期日を指定した上、その競売期日より二ケ年後に右競売期日指定前の補正命令記載の事実に基いて原決定をした。これは重大な手続違反である。苟も原審が井上清次郎を継承人として競売期日を指定した以上清次郎の申立によるの外本件競売手続を取消すことは出来ない。若し井上清次郎から取消の申立があつたとしても、その審理裁判は口頭弁論を開いて之をなすべきで、非訟事件手続法第十九条第一項の裁判をすることは出来ない。

然るに原審は法定の時期方法について競売手続を取消すことなく、井上清次郎を所有者の承継人として競売手続を進行した上、何人の申請にもよらず職権で、而かも口頭弁論も開かず、抗告人の申立によつて開始した競売手続を取消した不法がある。

第二点一 原決定は「別紙第二物件目録記載の不動産に対する本件競売手続については、債権者又はその代理人から債務者会社の特別代理人選任の申請手続をなすまで競売手続を中止する」と裁判した。

右の裁判は何人の申請にもよらず、又何等徴すべき法令の明文にもよらない裁判であつて違法、不法の尤なるものである。競売法により抵当権実行のため抵当権者の申出による競売手続では非訟事件手続法第十九条によつて裁判することは許されない。

二 原審が右の決定をした理由として述べるところは大要左の如きものである。

本件競売申立事件の債務者株式会社木下商店代表者清算人木下春吉は昭和二十八年三月十七日死亡したことが、本件競売申立事件の所有者木下春吉の相続人から判明した。このことは裁判所から債権者代理人に連絡したが債権者側は債務者会社の特別代理人選任申請手続をしない。その理由は法定代理権の消滅はこれを相手方に通知しなければその効力がないことは民事訴訟法第五十七条の定めるところであつて、同条は同法第五十八条により法人の代表者にも準用せられるから、本件の如く債務者会社から代表者木下春吉の死亡による代表権の消滅について通知のない限り裁判所が債権者に対し、特別代理人の選任申請を期待すること並にその手続あるまで競売手続の進行をしないことも法律上理由がない。法人の代表者の死亡が裁判所や債権者に知れていることは本件競売手続の進行に何の関係もないから(大審院民事判例集第二十巻四二七頁昭和十五年(オ)一二一三号同十六年四月五日第三民事部判決参照)本件競売手続の進行を求めるというにある。

三 これに対する原決定の理由は、執行裁判所が競売期日の通知(競売法第二十七条第二項)の如く債務者会社に通知することを要する執行行為を実施する場合において、その代表者死亡の事実が利害関係人の届出その他により執行裁判所に明かとなり、しかも後任の代表者がないか又はその有無が判らないときは、手続を主宰する執行裁判所は執行指揮権の作用として債権者に対してその旨連絡した上、債権者の申立により債務者会社のため特別代理人を選任することを要するものと解すべきことは競売法に準用せられる民事訴訟法第五百五十二条第二項第五十六条の趣旨に徴して窺い知られるのである。この点については抵当権実行の競売手続において債務者と所有者とはいずれも債権者(抵当権者)に対立する密接不可分な共同当事者(競売法第二十七条第三項第二号参照)であるというにある。

四 然し抵当権実行による競売は強制執行に於ける不動産競売とはその性質が相異り、前者はその性質が権利実現の手段である換価行為で裁判所は執行機関でなく、その行為は執行行為ではなく債務者は競売の相手方でなく、単なる利害関係人で、競売事件の真の相手方は寧ろ担保提供者である。一方強制執行は債務名義に基いて、国家の執行権力を以て、債務者に対し強制的に給付義務を実現させる行為であつて、一種の訴訟手続で行われ、国家機関の下に相対立する執行債権者と執行債務者とがある。故に競売手続に於ける債務者は、かの強制執行に於ける債務者とは全然相異り、競売手続に於ては、債務者は競売手続が公正に遂行せられる様に之に関与する機会を与えられるにすぎない。原決定は民事訴訟法第五百五十二条第二項及同法第五十六条が準用せられるから同条の趣旨に徴し、債務者会社のため特別代理人を選任することを要するものと解すべきものだと述べているが、之亦謬論である。

民事訴訟法第五百五十二条第二項は抵当権実行による競売に準用せられない。何となれば競売法に於ては、債務者の知ることを要する執行行為、例えば民事訴訟法第五六六条第三項、同第五九一条、同第六四四条第三項、同第六一三条第二項、同第六二九条第一項、同第七三一条第二項等の行為は之を必要としないから、同条を競売に準用する必要がないからである。論者或は競売法第二十七条第二項により競売手続の利害関係人たる債務者の競売の期日を通知することを要するではないかと謂うであろう。然し競売については民事訴訟法第五四二条の準用があるから、代表権の消滅を裁判所に通知しない債務者のために特別代理人を選任してまで通知する必要はない。

若し強いて、民事訴訟法第五百五十二条第二項の準用を主張すれば、競売法第二十七条に於ける競売手続の利害関係人は同条第三項第二号の債務者とその他の各号の者とを別異に取扱う必要と理由は全然存在しないから、同条同項第三号乃至第五号の利害関係人についても亦同様に取扱わねばならないことになる。これは権利の上に眠れる者、通知義務を尽さない者を徒らに保護しようとするもので法の精神に合致しない暴論である。

更らに原決定は民事訴訟法第五十六条を挙げて云々するが同条は訴訟行為に出る前の規定で既に訴訟行為をした後には同条の適用がなく同法第五十七条が適用せられるに至る。

五 仮に債務者会社から裁判所に対し清算人死亡の通知をしてきたとしても、債権者に於て債務者のため特別代理人を選任する必要はない。競売法に基く不動産競売手続においては当事者が死亡しても、その手続は中断しないからである(札幌高等裁判所昭和三十年(ラ)第三九号同三十一年一月十六日第二民事部決定高等裁判所判例集第九巻第一号一頁)

以上何れの点からも原決定は破棄せられるべきものであるから、原決定を破棄せられ更に相当の御裁判を求める次第である。

(物件目録省略)

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